大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和48年(ネ)163号 判決

昭和四八年(ネ)第一六三号事件被控訴人 同年(ネ)第一七七号事件控訴人 第一審原告 西村英好

〈ほか二名〉

昭和四八年(ネ)第一六三号事件被控訴人 同年(ネ)第一七七号事件控訴人 第一審原告 部谷本澄子

〈ほか一名〉

第一審原告ら訴訟代理人弁護士 山田慶昭

昭和四八年(ネ)第一七七号事件被控訴人 第一審被告 広島県

右代表者知事 宮澤弘

右訴訟代理人弁護士 幸野国夫

右指定代理人 柴田誠也

同 大石哲也

昭和四八年(ネ)第一六三号事件控訴人 同年(ネ)第一七七号事件被控訴人 第一審被告 株式会社北岡組

右代表者代表取締役 北岡美歳

同 加賀谷義弘

右両名訴訟代理人弁護士 岡秀明

昭和四八年(ネ)第一七七号事件被控訴人 第一審被告 上田直昭

右訴訟代理人弁護士 藤堂真二

主文

(一)、第一審原告西村英好、同西村幸典の第一審被告株式会社北岡組、同加賀谷義弘に対する控訴、第一審被告株式会社北岡組、同加賀谷義弘の第一審原告西村陽子、同部谷本澄子に対する控訴を、いずれも棄却する。

(二)、原判決中第一審原告西村陽子、同部谷本澄子と第一審被告広島県および同上田直昭に関する部分を取消す。

第一審被告広島県、同上田直昭は各自、第一審原告西村陽子に対し金一一万八、八〇〇円およびこれに対する昭和四五年一月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、同部谷本澄子に対し金一三万四、一四〇円およびこれに対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)、原判決中第一審原告西村英好、同西村幸典、同部谷本一典と第一審被告らに関する部分を左のとおり変更する。

(1)、第一審被告広島県、同株式会社北岡組、同加賀谷義弘は、各自第一審原告西村英好に対し金一一一万七、二一八円およびこれに対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、第一審被告上田直昭は同第一審原告に対し金一〇八万三、四五八円およびこれに対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)、第一審被告らは各自、第一審原告西村幸典に対し金七万三、八〇七円およびこれに対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、同部谷本一典に対し金七万六、八八五円およびこれに対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)、第一審原告西村英好、同西村幸典、同部谷本一典のその余の請求を棄却する。

(四)、訴訟費用は、第一、二審を通じこれを七分し、その六を第一審被告らの連帯負担とし、その余を第一審原告らの連帯負担とする。

(五)、この判決中(二)、(三)の(1)、(2)は、第一審原告西村英好において各第一審被告に対しそれぞれ金三五万円の担保をたてることを条件として、その余の第一審原告らにおいて担保を供しないで、仮に執行することができる。

事実

一、当事者らの申立

(一)、第一審原告ら訴訟代理人は、

「(1)、原判決中第一審原告西村英好、同西村幸典と第一審被告株式会社北岡組、同加賀谷義弘に関する部分を次のとおり変更する。

(2)、右第一審被告らは各自、第一審原告西村英好に対し金一二九万〇、六四〇円およびこれに対する昭和四五年一月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、同西村幸典に対し金一〇万八、八〇七円およびこれに対する昭和四五年一月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)、原判決中第一審原告らと第一審被告広島県、同上田直昭に関する部分を取消す。

(4)、右第一審被告らは各自、第一審原告西村英好に対し金一二九万〇、六四〇円を、同西村陽子に対し金一一万八、八〇〇円を、同西村幸典に対し金一〇万八、八〇七円を、同部谷本澄子に対し金一三万四、一四〇円を、同部谷本一典に対し金九万〇、七九三円を、それぞれ右各金員に対する昭和四五年一月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を附して支払え。

(5)、訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

(二)、第一審被告広島県訴訟代理人は、

「(1)、第一審原告らの控訴を棄却する。

(2)、控訴費用は第一審原告らの負担とする。」

との判決を求めた。

(三)、第一審被告株式会社北岡組、同加賀谷義弘訴訟代理人は、

「(1)、原判決中右第一審被告ら敗訴部分を取消す。

(2)、第一審原告らの請求を棄却する。

(3)、第一審原告らの控訴を棄却する。

(4)、訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告らの負担とする。」

との判決を求めた。

(四)、第一審被告上田直昭訴訟代理人は、「第一審原告らの控訴を棄却する。」

との判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、事故の発生

第一審原告ら主張の交通事故が発生したことは、第一審原告らの傷害の部位、程度および物損の点を除いて、当事者間に争いがない。

二、第一審被告らの損害賠償責任の有無

(一)、第一審被告広島県の責任について

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(1)、本件交通事故の発生した場所は、野呂山有料道路と国道一八五線を結ぶ道路上にあって既存の町道を昭和四一年二月二五日県道に認定して改修せられ、昭和四三年七月一日右有料道路開通を目標に工事が進められ、同月二日有料道路の供用が開始された。

(2)、本件事故現場付近は道幅七・五メートルで一〇〇分の五の勾配があるが、本件交通事故の発生した同年六月一六日当時は、片側の上り車線は工事が完了していたが、下り車線は工事中で上り車線より約三センチメートル低く、表層土とアスファルトコンクリートとの接着を良くするためのタックコート(アスファルトに石けん水を混ぜたもの。)が約一五〇メートルにわたって撒布されており、そのためスリップし易い状態にあった。

(3)、そして、そのころ既に、野呂山登山の自家用車が右通路をかなり頻繁に通行していたので、右タックコートの撒布された場所に自動車を乗入れた場合は、スリップして交通事故を発生するおそれのある危険な状態にあったのにかかわらず、当該道路部分には工事中の立看板が立てられているのみで、格別自動車の乗入れを禁止又は防止する措置は何ら講ぜられていなかった。

(4)、そのため、上田車、原告車、加賀谷車が順次右タックコートの撒布された下り車線を進行し、同所において、先ず第一審被告上田直昭が、前方にローラが置いてあるのを見てハンドルを右に切って上り車線に出ようとしたが、上田車は前輪が上り車線との段落に妨げられ後輪がスリップして約二〇〇度回転して進行方向と逆の方向に向いて停止し、後続の第一審原告西村英好は、これを見て急ブレーキをかけたところ、原告車はスリップして車体が進行方向と四五度の方向を向いたまま僅かに上田車に接触して停止し、更に後方にいた第一審被告加賀谷義弘は、ブレーキをかけて停止しようとしたが、加賀谷車はスリップしてブレーキが利かず、原告車に衝突するに至った。

前掲各証拠によると以上のとおり認められる。≪証拠判断省略≫

そして、右事実によると、本件事故現場を含む道路は、全くの新設道路ではなく、範囲が細部まで正確に一致するか否かは必ずしも明らかでないが、従前町道のあった場所を県道に認定して改修したものであって、かつ、工事に支障のない限り一般の通行をも許容していたことが認められるから、当該道路も国家賠償法二条一項にいう「公の営造物」に当り、第一審被告広島県は右道路の管理責任を負うものというべきである。そして、前記認定の事実によれば、右道路が通常の道路としての安全性を欠いたために本件交通事故が発生したことが認められるから、第一審被告広島県は、国家賠償法の右規定により、被害者に対し損害賠償の責任があるものというべきである。

(二)、第一審被告株式会社北岡組、同加賀谷義弘の責任について

前掲各証拠によると、本件事故現場は、事故発生当時、油状液体であるタックコートが一面に撒布されてやや固まりかけた状態であったが、第一審被告加賀谷義弘としては、上り車線を進行したさいに、下り車線の右状態に気付いた筈であるから、このような場所を自動車を運転して進行するに当っては、スリップによる危険を考慮して極度に減速した上先行車の動向等周囲の情況に十分配慮し、もって、追突等の事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにかかわらずこれを怠り、原告車との車間距離を約二〇メートルとったまま時速約三〇キロメートルの速度で進行した過失があり、そのため、同第一審被告は、先行の上田車、原告車が停止するのを見て急ブレーキをかけたがスリップして制動が利かず、その結果、加賀谷車がその前方に停車していた原告車に追突するに至ったことが認められる。なお、≪証拠省略≫によると、同第一審被告は本件事故現場に撒布されていたタックコートを見てコールタールと思ったことが認められるが、自動車運転者としては、進路上に液状または粘体状の異物が撒布されているのを発見した場合には、当然スリップの危険を考慮すべきであるから、右の誤認は同第一審被告の過失の有無に影響を及ぼさない。

そして、同第一審被告が第一審被告株式会社北岡組の被用者であることおよび第一審被告株式会社北岡組が加賀谷車の運行供用者であることは当事者間に争いがなく、また、≪証拠省略≫によると、第一審被告加賀谷義弘は本件交通事故発生当時第一審被告株式会社北岡組の業務に従事中であったことが認められる。それ故、第一審被告加賀谷義弘は不法行為者として、また、第一審被告株式会社北岡組は人身損害については加賀谷車の運行供用者として、物的損害については第一審被告加賀谷義弘の使用者として、いずれも第一審原告らに対し本件交通事故による損害の賠償責任がある。

(三)、第一審被告上田直昭の責任について

前掲各証拠によると、本件交通事故発生当時に本件事故現場は前記のような状態にあったのであるが、第一審被告上田直昭としても、上り車線を進行したさいに下り車線の右状態に気付いた筈であるから、同所を自動車を運転して進行するに当っては、スリップによる事故発生の危険を予想して、極度に速度を落して進行すべき注意義務があるにもかかわらずこれを怠り、時速約三〇キロメートルの速度で進行した過失があり、そのため前記のように前輪が上り線と下り線との段落にかかってスリップし、車体が半回転して進行方向と逆方向に向いて停止し、その結果、後続の原告車、加賀谷車が、いずれも急ブレーキをかけたがスリップして順次前車に追突する本件事故発生を見るに至ったことが認められる。それ故、前掲各証拠によると、第一審原告らの傷害の点は、いずれも原告車と加賀谷車との衝突によって生じたものであることが認められ、かつ、通常追突事故においては仮に前車が急停車しても特段の事情のない限り後続車はこれと追突することを避けるべき義務があるとしても、本件においては、前記のように本件事故現場のようなスリップし易い場所における上田車の不自然な急停車が右原告車と加賀谷車との衝突を誘発したことは前記認定のとおりであり、また、第一審被告上田直昭としては、本件事故現場のような滑り易い場所において急停車すれば追突事故による被害が発生するであろうことは、当然予想し得たものと認められるから、第一審被告上田直昭の過失と第一審原告らの本件追突事故による損害との間には相当因果関係があるものというべきである。それ故、第一審被告上田直昭もまた第一審原告らに対し本件交通事故による損害を賠償すべき責任がある。

三、第一審原告らの損害

(一)、第一審原告西村英好の損害

(1)、傷害および後遺症

≪証拠省略≫によると、同第一審原告は、本件交通事故により外傷性頸部症候群、右上膊、両大腿打撲傷の傷害を負い、昭和四三年六月一七日から昭和四四年六月三〇日まで入院および通院して治療を受け、そのうち入院期間は昭和四三年九月二七日から同年一一月三〇日までであり、また、実通院日数は二三二日であり、昭和四四年六月三〇日症状固定し、自動車損害賠償保障法施行令所定の後遺障害等級一四級相当の右肩胛部および右手に神経症状を残す後遺症があることが認められる。

(2)、損害の内容

(イ)、休業損害

≪証拠省略≫によると、第一審原告西村英好は、本件事故当時東洋工業株式会社に組立工として勤務し、すくなくとも一か月平均六万二、〇九五円相当の賃金を得ていたほか、余暇にタカキベーカリー株式会社に勤め、毎月二五日出勤して一日七〇〇円の賃金を得ていたが、本件交通事故による傷害のため、東洋工業株式会社を昭和四三年六月二〇日から同年七月二五日までと、同年九月二六日から同年一二月一〇日までの合計一一二日間欠勤し、また、タカキベーカリー株式会社を同年六月二〇日から同年一二月一〇日まで欠勤し、次のような損害をこうむったことが認められる。

(a)、東洋工業給与分     二三万一、八二一円

(b)、同賞与減少分       六万〇、一五一円

(c)、タカキベーカリー給与分  九万九、七五〇円

合計 三九万一、七二二円

(ロ)、労働能力低下による損害

≪証拠省略≫によると、同第一審原告は、前記後遺症のため労働能力が低下し、従来の組立工から梱包事務員に配置換えされ、その結果、昭和四四年度において一万六、一二八円、昭和四五年度以降五五才の定年に達するまで毎年三万二、二五六円の賃金の減少を見るに至ったことおよび同第一審原告は昭和六年一一月一四日生れであって定年に達するのは昭和六一年であることが認められる。それ故、同第一審原告はその間においてホフマン式計算法による中間利息を控除すると四〇万五、六八一円の得べかりし利益を喪失して損害をこうむることとなる。

(ハ)、慰藉料(後遺症分を含む。)

同第一審原告にかかる前記認定の傷害の部位、程度および後遺症の程度その他の事情を勘案すれば、同第一審原告の精神的損害に対する慰藉料としては八〇万円が相当であると認められる。

(ニ)、その他諸費用

≪証拠省略≫によると、同第一審原告が本件事故により次のような諸費用を支出して損害をこうむったことが認められる。

(a)、指圧治療費および同通院バス代すくなくとも 一万三、三三〇円

(b)、電話代                      七四〇円

(c)、診断書料                   一、〇〇〇円

(d)、入院雑費                 一万九、五〇〇円

(三〇〇円×六五日)

(e)、医師等謝礼                一万四、〇〇〇円

(f)、原告車を修理工場に運搬した費用        五、〇〇〇円

(g)、カメラ修理代                 三、〇〇〇円

合計 五万六、五七〇円

(ホ)、車両修理代

≪証拠省略≫によると、同第一審原告は原告車の本件事故による修理費用の一部(利息を含む)として三万四、二〇〇円を第一審被告株式会社北岡組に支払い、これと同額の損害をこうむったことが認められる。なお、同第一審原告は三万四、二〇〇円を加賀谷車の修理費用として支払った旨主張しているけれども、同第一審原告の主張の真意は、第一審被告株式会社北岡組に支払った右三万四、二〇〇円を損害として請求するというものであるから、右の同第一審原告の主張と当裁判所の認定との相違は、右の結論に影響を及ぼさない。

また、同第一審原告は、このほかに上田車の修理費用として第一審被告上田直昭に一万五、〇〇〇円を支払いこれと同額の損害をこうむった旨主張し、その支払がなされた事実は同第一審被告に対する関係では当事者間に争いがなく、その余の第一審被告に対する関係では≪証拠省略≫によって認めることができる。しかしながら、≪証拠省略≫によると、右一万五、〇〇〇円は、同第一審原告から第一審被告上田直昭に対して本件交通事故に対する損害賠償金として支払われたものと認められるから、同第一審原告は第一審被告らに対し、その各自の負担部分につき求償権を行使できるのは格別、本件交通事故による損害賠償として請求することはできない。故に、右上田車の修理費用の一万五、〇〇〇円は、同第一審原告の損害額に算入すべきでない。

(3)、損害の総計

それ故、第一審原告西村英好の損害額は、総計一六八万八、一七三円となる。

(二)、第一審原告西村陽子の損害

(1)、傷害および後遺症

≪証拠省略≫によると、第一審原告西村陽子は、本件交通事故により外傷性頸部症候群、両肩胛部、両下腿、両上膊打撲傷、背部打撲傷の傷害を受け、昭和四三年六月一七日から昭和四四年二月二七日までの間に一九二日間通院治療を受けたが、同日症状固定し、頭重、項部右背部肩胛痛の一四級相当の後遺症を残していることが認められる。

(2)、損害の内容

(イ)、休業損害

≪証拠省略≫を総合すると、同第一審原告は、昭和六年一一月七日生れの女子であって、本件事故当時部谷本鉄工所に勤務して月収三万円を得ると同時に、家庭において主婦として家事労働に従事し、家事労働による収益を二万円として月収合計五万円相当であったが、本件交通事故による傷害のため、右勤め先を七か月間にわたり休業したほか、家事労働も十分できず、右通院期間中の八か月一〇日の間に平均してその収益の三分の二を喪失したことが認められる。それ故、同第一審原告は、その間において二七万七、七七八円相当の得べかりし利益を喪失してこれと同額の損害をこうむったこととなる。

(ロ)、慰藉料(後遺症分を含む。)

同第一審原告にかかる前記認定の傷害の部位、程度、後遺症の程度その他の事情を勘案すれば、同第一審原告の精神的損害に対する慰藉料としては五〇万円が相当であると認められる。

(ハ)、労働能力低下による損害

前掲各証拠によると、同第一審原告は、前記後遺症のため昭和四四年二月二七日以降一八か月間にわたり労働能力の五%を喪失し、そのため四万五、〇〇〇円の損害をこうむったことが認められる。

(ニ)、その他諸費用

≪証拠省略≫によると、第一審原告西村陽子は、本件事故により、次のような諸費用を支出して損害をこうむったことが認められる。

(a)、指圧治療費    九、八〇〇円

(b)、同通院バス代 一万一、五二〇円

(c)、電話料      一、三〇〇円

合計 二万二、六二〇円

(3)、損害の総計

それ故、同第一審原告の損害額は総計八四万五、三九八円となる。

(三)、第一審原告西村幸典の損害

(1)、傷害

≪証拠省略≫によると、第一審原告西村幸典は、本件交通事故により右肩胛部右下腿打撲傷、右側頭部打撲傷の傷害を受け、昭和四三年六月一七日から同年九月一一日までの間に四七日間通院して治療を受けたことが認められる。

(2)、損害の内容

(イ)、慰藉料

右事実によると、同第一審原告の精神的損害に対する慰藉料としては一五万円が相当であると認められる。

(ロ)、その他諸費用

≪証拠省略≫によると、第一審原告西村幸典は本件交通事故により次のような費用を要し損害をこうむったことが認められる。

(a)、指圧治療費 六、八〇〇円

(b)、眼鏡修理代 一、五〇〇円

(c)、通院バス代 一、四一〇円

合計 九、七一〇円

(3)、損害の総計

それ故、同第一審原告の損害額は総計一五万九、七一〇円となる。

(四)、第一審原告部谷本澄子の損害

(1)、傷害および後遺症

≪証拠省略≫によると、第一審原告部谷本澄子は、本件交通事故により外傷性頸部症候群、右膝部打撲傷、両足背打撲挫創、足関節挫傷、右上膊打撲傷、両背部打撲挫傷の傷害を受け、昭和四三年六月一七日から昭和四四年二月二七日までの間に一九五日間通院して治療を受けたが、同日症状固定し、頭重、項部痛、左肩胛痛の一四級相当の後遺症を残していることが認められる。

(2)、損害の内容

(イ)、休業損害

≪証拠省略≫によると、同第一審原告は、昭和九年一一月一四日生れの女子であって、本件事故当時夫の経営する部谷本鉄工所において現場作業に従事するとともに、家庭において主婦として家事労働に従事し、第一審原告西村陽子の例に照らしても、月収平均五万円を得ていたが、本件交通事故による傷害のため、右通院期間中の八か月一〇日の間に平均して平素の三分の一程度の労働をなし得たに止まり、その収益の三分の二に当る、二七万七、七七八円相当の得べかりし利益を喪失してこれと同額の損害をこうむったことが認められる。

(ロ)、慰藉料(後遺症分を含む。)

同第一審原告にかかる前記認定の傷害の部位、程度、後遺症の程度その他の事情を勘案すれば、同第一審原告の精神的損害に対する慰藉料としては五〇万円が相当であると認められる。

(ハ)労働能力低下による損害

前掲各証拠によると、同第一審原告は、前記後遺症のため昭和四四年二月二七日以降一八か月間にわたり労働能力の五%を喪失し、四万五、〇〇〇円相当の損害をこうむったことが認められる。

(ニ)、その他諸費用

≪証拠省略≫によると、第一審原告部谷本澄子は、本件交通事故により次のような諸費用を支出して損害をこうむったことが認められる。

(a)、指圧治療費   六、〇〇〇円

(b)、電話料       三四〇円

(c)、通院バス代 一万一、七〇〇円

(d)、病院謝礼    九、六〇〇円

合計 二万七、六四〇円

(3)、損害の総計

それ故、同第一審原告の損害額は総計八五万〇、四一八円となる。

(五)、第一審原告部谷本一典の損害

(1)、傷害

≪証拠省略≫によると、第一審原告部谷本一典は、本件交通事故により右腕関節上膊肘関節挫傷、左肩胛部挫傷、右肩胛部打撲傷、項部打撲傷、右膝部打撲傷の傷害を受け、昭和四三年六月一七日から同年九月一一日までの間に四八日間通院して治療を受けたことが認められる。

(2)、損害の内容

(イ)、慰藉料

右事実によると、同第一審原告の精神的損害に対する慰藉料としては一五万円が相当であると認められる。

(ロ)、その他諸費用

≪証拠省略≫によると、第一審原告部谷本一典は、本件交通事故のため次のような費用を要して損害をこうむったことが認められる。

(a)、指圧治療費 五、八〇〇円

(b)、通院バス代 一、四四〇円

合計 七、二四〇円

(3)、損害の総計

それ故、同第一審原告の損害額は総計一五万七、二四〇円となる。

四、第一審被告上田直昭の示談契約成立の主張について

≪証拠省略≫によると、昭和四三年六月二三日右両名間で第一審原告西村英好が上田車の修理費全額を負担することによって本件交通事故に関し今後双方とも一切異議の申立をしない旨の示談が成立したが、右示談契約は、本件事故直後第一審原告らの本訴請求にかかる人身に関する損害の発生がいまだ予想されていなかった時点において、そのときまでに判明していた物的損害を対象として締結されたものであり、本訴請求中その対象に含まれる損害は、第一審原告西村英好の車両修理代、原告車の修理工場への運搬費用、カメラ修理代の合計四万二、二〇〇円であり、同第一審原告のその余の損害およびその余の第一審原告らの損害は、右示談契約の対象に含まれていないことが認められる。それ故、第一審原告西村英好は、第一審被告上田直昭に対しては、右示談契約の対象となった損害は請求することができない。

なお、第一審原告西村英好は、右示談契約は錯誤により無効である旨主張するが、前掲各証拠によると、右示談契約は前記のような限定された損害に関する限り有効であると認められ、他に、これが無効であることを認めるに足る証拠はない。

五、過失相殺

≪証拠省略≫によると、本件交通事故においては、第一審原告西村英好にも滑り易い場所を漫然時速三〇粁位の速度で自動車を運転して進行した点において、第一審被告加賀谷義弘、同上田直昭と同様の過失があり、同第一審原告のこの過失もまた本件交通事故発生の一因となっていることが認められる。

また、≪証拠省略≫によると、第一審原告西村陽子、同西村幸典は同西村英好の妻および子であって同一世帯内にあり、同部谷本澄子は同西村陽子の妹であり、同部谷本一典は同部谷本澄子の子であることが認められる。そして、民法七二二条二項にいう被害者の過失とは、被害者本人およびこれと身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられる関係にある者の過失をいうものと解するのが相当である。それ故、本件においては、第一審原告西村英好、同西村陽子、同西村幸典の請求については前記西村英好の過失による過失相殺がなされるべきであるが、同部谷本澄子、同部谷本一典の請求については過失相殺はなされるべきでない。

ところで、一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に過失相殺をするに当っては、損害の全額(損害の一部について示談契約が成立している場合にはその部分を除いて)から過失割合による減額をなすべきところ、≪証拠省略≫によると、第一審原告西村英好は前記損害額のほかに治療費合計六四万二、〇一〇円を要しており、同西村陽子は前記損害額のほかに治療費合計一七万八、二一八円を要しており、同西村幸典は前記損害額のほかに治療費二万五、四九三円を要したことが認められる。そこでこれらの金額を右第一審原告らの前記損害額に加算すると、同西村英好が二三三万〇、一八三円(示談契約分の四万二、二〇〇円を控除するときは二二八万七、九八三円)、同西村陽子が一〇二万三、六一六円、同西村幸典が一八万五、二〇三円となる。そして、右各金額から過失相殺によりその各二割を減ずべく、そうすると、同西村英好分が一八六万四、一四六円(示談契約分を控除するときは一八三万〇、三八六円)となり、同西村陽子分が八一万八、八九三円となり、同西村幸典分が一四万八、一六二円となる。

六、既受領額の控除

以上、第一審原告らの損害賠償債権額は、第一審原告西村英好が一八六万四、一四六円(示談契約分を控除するときは一八三万〇、三八六円)、同西村陽子が八一万八、八九三円、同西村幸典が一四万八、一六二円、同部谷本澄子が八五万〇、四一八円、同部谷本一典が一五万七、二四〇円となるところ、第一審原告西村英好が自動車損害賠償責任保険金を七四万六、九二八円、同西村陽子が六一万四、三九二円、同西村幸典が七万四、三五五円、同部谷本澄子が六一万四、一五五円、同部谷本一典が八万〇、三五五円それぞれ受領していることは、当事者間に争いがない。それ故、右各第一審原告の債権額からその各受領金額を差引けば、残額は、第一審原告西村英好が一一一万七、二一八円(示談契約分を控除するときは一〇八万三、四五八円)、同西村陽子が二〇万四、五〇一円、同西村幸典が七万三、八〇七円、同部谷本澄子が二三万六、二六三円、同部谷本一典が七万六、八八五円となる。

なお、第一審原告らは、第一審被告らの右保険金支払の主張は、故意または重大な過失により時機に遅れて提出された攻撃防禦方法であって訴訟の完結を遅延せしめるものである旨主張する。右第一審被告らの主張は、当審における第四回口頭弁論期日に至って初めて提出されたものであって、その提出時期がやや遅いけれども、本件は当時いまだ審理の途中にあって、右第一審被告らの主張が特に訴訟の完結を遅延させるものではないことが認められるから、第一審原告らの右主張は採用し難い。

七、結論

そうすると、第一審被告広島県、同株式会社北岡組、同加賀谷義弘は、各自第一審原告西村英好に対し損害賠償金一一一万七、二一八円を、第一審被告上田直昭は同第一審原告に対し金一〇八万三、四五八円を、また、第一審被告らは各自、第一審原告西村陽子に対し損害賠償金一一万八、八〇〇円を、同西村幸典に対し同じく金七万三、八〇七円を、同部谷本澄子に対し同じく金一三万四、一四〇円を、同部谷本一典に対し同じく金七万六、八八五円を、いずれも右各金員に対する本件訴状送達後の日であることが記録上明らかな昭和四五年一月一一日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金を附して支払うべき義務がある。従って、各控訴人の控訴は右の限度において理由があり、また、原判決は右と結論を異にする限度において取消、変更されるべきである。

よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮田信夫 裁判官 高山健三 武波保男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例